永代供養 おきなわ霊廟
ご利用者の声
家族のため、祖先のため、そして私らしい人生のために。
 
おきなわ霊廟にお申し込みいただいた皆様の声をご紹介します。
家族・親族の事情があったり、自分らしい人生の選択があったり、合祀・永代供養を選ばれた理由は実に様々です。たくさんの人間ドラマがここにあります。
合祀・永代供養について考えることは、親族との絆とは何か、本当の供養とは何か、自分の人生とは何かを深く見つめなおす機会となるでしょう。
 
生きてきた証を遺したかったのです。

私は、いろいろな理由から今日まで一人で生きてきました。故郷には、父や母が眠る先祖代々のお墓がありますが、私はそこに入る気はありません。私は、お墓は必要ないと思っていますし、宗教的なものにも抵抗を感じます。つい最近まで、私がこの世を去ったあとは散骨にしてもらい、友人や大切な人の心の なかに想い出だけが残れば良いと思っていました。

ある日、仲の良い友人と食事していると「千の風になって」という歌の話題になりました。私が「この世を去ったあとは散骨にしてもらいたい。」というと、友 人が「なんだかむなしいわね。何も遺らないというのは。」といいました。私は、一人になってから思ったのです。私が生きて来た人生は何だったんだろうと。 そして気づきました。できることなら自分自身の生きてきた証を遺したいと思っている自分がいることを。

それから私は、墓石という形や宗教的な儀式ではなく、友人や大切な人が気軽にお参りしてくれて、自分との想い出を偲ぶことができるところはないかと、イン ターネットなどで調べました。そして巡り合ったのが、霊園が運営する合祀永代供養墓でした。私のように一人で生きてきたものでも、誰にも迷惑をかけること なく、安心して自分の生きてきた証を遺すことができるお墓です。

 
突然兄の遺骨が。

ある日突然。兄の遺骨を引き取りにくるように市役所から電話がありました。兄とは、かなり昔から音信不通になり、どこで何をしているのかもわかりませんでした。電話をしてきた市役所がの方が言うには、兄には身寄りもなく生活保護を受けて暮らしていたそうです。病院で亡くなり火葬を市の方で行ったので、すぐに遺骨を引き取りにきてほしいと言うことでした。

私たちは、二人兄弟です。両親は、既に亡くなり私がお墓を建てて供養をしています。単純に考えると、そのお墓に兄の遺骨を納骨すれば良いのですが、いままで両親や私たちに迷惑をかけてきて勝手にいなくなった兄の遺骨を、私が建てた両親の眠るお墓に入れることに抵抗がありましたし、私たちも入ることになるお墓に兄の遺骨を入れると言うことを、いままでのいきさつを知っている妻や子供たちにお願いすることもできません。

永代供養墓は知っていたのですが、私の住んでいる近くには、お寺がやっている永代供養墓しかなく、兄の供養のことで私たちが煩わせられるのも嫌でしたので、しばらく自宅の仏壇に入れていました。ただ、いくら迷惑をかけられたと言っても、やはり血のつながっている兄弟ですので、ちゃんと納骨して供養してやらなければと悩んでいたときに、霊園が運営している永代供養というお墓があることを知りました。

 
これでいいんや

六年前、突然妻が亡くなりました。お墓は、妻の実家のあるところに建てましたが、妻の存在をいつも身近に感じていたかった私は、妻の遺骨を分骨して今年まで私の手元に置いていました。七回忌を迎える今年、息子たちにも諭されて、いままで手元に置いていた妻の遺骨を納骨することにしました。

既に妻の実家のあるところでお墓を建てていますので、いまさらこちらでお墓を建てることもできません。それに、分骨した妻の遺骨をお墓に入れてしまうと、妻の実家は遠方ですので、なかなかお墓参りに行くことができなくなります。私の行きたいときにお参りすることができ、しっかり供養してくれるところはないのかと考えていたときに、永代供養というお墓のことを知りました。

私が亡くなるまでの間、妻の供養をしてもらい、私が亡くなったら妻と一緒に永代供養してもらおうと思っています。納骨の当日は、息子たちと一緒に妻の遺骨をもって永代供養をしてくれる納骨堂にうかがいました。自分では心の整理がついているつもりでしたが、私の手元から妻の遺骨が離れたとき、思わず涙が流れてしまいました。でも、お世話をしてくれる方が、妻の遺骨を丁寧にあつかってくれる姿を見て、「これでいいんや。これでいいんや。」とつぶやきながら何度も何度もうなずきました。