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【沖縄の昔話】旧正月に敷く三色の色紙「ウカリー」の由来と物語

【沖縄の昔話】旧正月に敷く三色の色紙「ウカリー」の由来と物語
沖縄の旧正月には、お仏壇や火の神(ヒヌカン)に供え物をし、その下に三色の色紙を敷く風習があります。
 
黄色・赤・白の三色からなるこの色紙は「ウカリー」と呼ばれ、金運や健康、清めの意味が込められてきました。
 

 ●実はこのウカリーには、ただの縁起物としてだけではなく、人の思いやりと祈りが形になった、沖縄の昔話が伝えられています。

 
現代では詳しい由来を知らない人も多くなりましたが、旧正月の拝みや供養の背景を知ることで、行事の意味はより深く感じられるものです。
 
本記事では、旧正月に敷く三色の色紙「ウカリー」の意味をひもときながら、その由来となった沖縄の昔話と、今も受け継がれる旧正月文化について分かりやすくご紹介します。

 



 
 

旧正月に敷く三色の色紙「ウカリー」とは


旧正月に敷く三色の色紙「ウカリー」とは
◇ウカリーとは、沖縄の旧正月に、お仏壇や火の神(ヒヌカン)へ供え物をする際、その下に敷く三色の色紙のことを指します。
 
色は黄色・赤・白の三色で、現在でも旧正月の時期になると、沖縄のスーパーや仏具店などで見かけることがあります。
 
 

ウカリー三色の意味

旧正月のお供えといえば、みかんや餅、料理などが思い浮かびますが、その「下に敷くもの」にも意味を持たせるのが、沖縄の拝み文化の特徴です。
 
ウカリーは、供え物そのものではなく、祈りの場を作るものとして使われてきました。近年では、三色それぞれに次のような意味があるとされています。
 

 ・黄色は金運
 ・赤は健康
 ・白は清めや開運

 
を表す縁起物として紹介されることも多くなっています。
 
しかし、ウカリーは単なる色の組み合わせではなく、なぜこの三色なのか、なぜ旧正月に敷くのかという背景が、昔から語り継がれてきました。
 

 
 

ウカリーの三色が持つ意味


旧正月に向けて準備するお飾り
◇ウカリーに使われる黄色・赤・白の三色には、それぞれに願いが込められています。
…ただし、これは単なる縁起の良い色合わせというわけではなく、沖縄の拝みや暮らしの感覚と深く結びついたものです。
 
ここではまず三色それぞれの意味を整理し、そのうえで、なぜ「三色」でなければならなかったのかを見ていきましょう。
 
 

黄色・赤・白、それぞれに込められた願い

ウカリーの三色は、一般的に次のような意味を持つとされています。
 

 ・黄色 … 黄金を象徴し、金運や豊かさを願う色
 ・ … 血の色に通じ、健康や命の力を表す色
 ・… 清めを意味し、穢れを払い運を開く色

 
これらは、旧正月という「年の始まり」にあたり、お金・体・心という暮らしの基盤への願いが込められたものと考えられます。
ウカリーの三色は、三つをそろえて供えることにこそ、重要な意味がありました。
 
 

なぜ「三色」なのか

◇ウカリーが三色である理由は、単に縁起の良い色を集めたからではありません。
…黄色・赤・白は、それぞれが異なる願いを持ちながらも、そろうことで一つの形になります。
 

 ●豊かさを願い、命の健やかさを祈り、穢れを清める。
 
 …この三つがそろって初めて、旧正月の拝みの場が整うと考えられてきました。

 
また、沖縄では昔から、人の行いや思いが、目に見える形となって返ってくるという考え方が語り継がれています。
 
ウカリーの三色も、そうした価値観の中で生まれたものであり、この色の組み合わせが定着した背景には、ある沖縄の昔話が関係していると伝えられています。
 
次の章では、ウカリーの由来となったその昔話について、詳しくご紹介します。
 

 
 

ウカリーの由来となった沖縄の昔話


ウカリーの由来となった沖縄の昔話
ウカリーに使われる三色の色紙には、ある沖縄の昔話が由来として伝えられています。
それは、親を思いやる一人の青年と、不思議な老人との出会いを描いた物語です。
 
 

貧しい家に生まれた親思いの青年

◇昔、沖縄のある村に、貧しい家に生まれた青年がいました。
青年は家計を助けるため、幼い頃から奉公に出て働いていましたが、その暮らしの中でも、年老いた親を気にかけることを忘れませんでした。
 
奉公先で与えられた食事や食べ物を、自分のためには使わず、夜道を歩いて実家まで持ち帰り、親に渡す日々を送っていたといいます。
 
 

大晦日の夜、棺桶を背負う老人との出会い

ある年の大晦日の夜、いつものように奉公先から家へ向かって歩いていた青年は、道の先に一人の老人が立っているのを見つけました。
 

 ●近づいてみると、老人は大きな棺桶を背負っています。
 
 …青年が声をかけると、老人は、孫を亡くし、その遺体を納めた棺桶を墓まで運んでいるのだと話しました。

 
夜も更け、人影もない道を、老人が一人で棺桶を背負って歩いている姿を見て、青年は強い憐れみの気持ちを抱きます。
 
 

青年の思いやりと、不思議な出来事

青年は老人に声をかけ、「自分が代わりに棺桶を運びましょう」と申し出ました。
老人は何も言わず、それを受け入れたといいます。
 

 ●しばらく棺桶を担いで歩いたあと、ふと振り返ると、そこにはもう老人の姿はありませんでした

 
どこを探しても、老人は見当たりません。
不思議に思いながらも、夜も遅く、青年は棺桶をそのまま家へ持ち帰ることにしました。
 
 

棺桶の中にあったもの

家に戻った青年は、家族に事情を話し、棺桶を開けてみることにしました。
 

 ●中に入っていたのは、亡くなった孫の遺体ではなく、黄金やさまざまな宝物でした。

 
青年と家族は、「これは神様からの授かりものだ」と受け止め、村の人々とともに感謝の祈りを捧げたといいます。
 
この出来事が、黄金を表す黄色、命を象徴する赤、清めを意味する白、三色の色紙を旧正月に供える風習へとつながったと伝えられています。
 
 

この昔話が「ウカリー」につながった理由


先ほど紹介した沖縄の昔話は、単なる不思議な出来事として語られてきたわけではありません。
 
そこには、旧正月に三色の色紙「ウカリー」を敷く理由につながる、大切な考え方が込められています。
 
 

宝物=黄金が象徴するもの

◇物語の中で、棺桶の中に入っていた黄金や宝物は、単に財産を得たという意味だけを持つものではありません。
 
貧しい中でも親を思い、見知らぬ老人に手を差し伸べた青年の行いが、豊かさという形になって返ってきたことを象徴しています。
 

 ●この黄金は、努力や思いやりの結果として授けられたものです。
 
 …そこから「黄色=黄金=豊かさ・金運」という考え方が結びついていきました。

 
ウカリーの黄色は、偶然の幸運ではなく、日々の行いや祈りの積み重ねによって得られる豊かさを表しているのです。
 
 

思いやりと祈りが形になった旧正月飾り

◇この昔話が大切にされてきた理由は、「善い行いは、やがて目に見える形となって返ってくる」という価値観にあります。
 
青年の思いやりは宝物となり、その出来事が語り継がれる中で、健康を願う赤、清めを表す白とともに、三色として形を整えていきました。
 
旧正月は、新しい一年の始まりです。
 

 ●その節目に、三色の色紙を敷くことで、
 
 ・豊かさを願う
 ・命と健康を大切にする
 ・心身を清め、新しい年を迎える
 
 …という祈りを、一つの形にまとめてきたのがウカリーです。

 
だからこそ、ウカリーは単なる飾りではなく、人の思いやりと祈りが形になった旧正月飾りとして、今も大切に受け継がれています。
 
 

ウカリーと沖縄の旧正月文化


ウカリーと沖縄の旧正月文化
ウカリーは、昔話の中だけに残る存在ではなく、現在も沖縄の旧正月行事の中で実際に使われている正月飾りの一つです。
 
ここでは、ウカリーがどこに、どのような意味で供えられてきたのか、そして他の旧正月飾りとどのように組み合わされてきたのかを整理します。
 
 

仏壇・ヒヌカンに供える意味

◇沖縄の旧正月では、お仏壇や火の神(ヒヌカン)に供え物をするのが一般的です。
…その際、みかんや餅、料理などのお供え物の下に、ウカリーを敷いて供えます。
 

 ●ウカリーは、供え物そのものではなく、拝みの場を整えるための下敷きとして使われてきました。
 
 …三色の色紙を敷くことで、祈りの場に意味を持たせ、新しい年を迎える準備を整える役割を果たしています。

 
特にヒヌカンは、家族の暮らしや日々の火を守る神様とされており、旧正月には一年の感謝と願いを伝える大切な拝みの場です。
ウカリーを敷くことは、祈りを届けるための心配りともいえるでしょう。
 
 

炭の昆布巻きなど、他の正月飾りとの関係

ウカリーは、単独で供えられるだけでなく、他の旧正月飾りと組み合わせて用いられることが多いのも特徴です。
 
代表的なものとして、次のような正月飾りがあります。
 

 ●炭の昆布巻き
 …炭は「たんと(多く)」に通じ、喜びや幸せが多く訪れるようにとの願いが込められています。

 
昆布は「よろこぶ」に通じる縁起物として、本州と同様の意味を持ちます。
 

 ●餅や果物のお供え
 …餅は生命力や繁栄を、果物は実りや豊かさを象徴します。

 
これらの供え物の下にウカリーを敷くことで、願い・感謝・祈りを一つの場にまとめる役割を果たしてきました。
 
沖縄の旧正月飾りは、それぞれに意味を持たせ、組み合わせることで一年の始まりを整える文化です。
ウカリーは、その中心にある存在の一つといえるでしょう。
 
 

昔話が今も伝えられる理由


まとめ|チクザキ(菊酒)は家族の健康と絆を結ぶ御願
ウカリーにまつわる昔話は、特別な信仰や不思議な出来事を強調するために語られてきたものではありません。
 
日々の暮らしの中で大切にしてきた考え方や、人としてのあり方を伝えるために、自然と受け継がれてきた物語です。
 
 

ウティンヌ老人という考え方

◇沖縄には、「ウティンヌ老人(天の老人)」という存在を語る考え方があります。
…これは特定の神様を指すというよりも、天から人の営みを見守る存在として、昔話や言い伝えの中に登場してきました。
 

 ●ウカリーの由来となった昔話に登場する老人も、人の思いやりを試し、その行いに応じて恵みを授ける存在として描かれています。

 
ここで大切なのは、「本当に神様だったのかどうか」ではなく、思いやりある行いは、巡り巡って自分に返ってくるという価値観が、物語として伝えられている点です。
 
ウティンヌ老人の話は、善い行いを重ねることの大切さを、子どもにも分かる形で伝えるための一つの表現だったのかもしれません。
 
 

親から子へ伝えたい沖縄の旧正月の話

沖縄の旧正月行事や昔話は、学校や書物で学ぶものというより、家庭の中で自然に語られてきた文化です。
 

 ●旧正月の拝みの準備をしながら、
 
 「なぜウカリーを敷くのか」
 「なぜこの色なのか」

 
 …といった話を、親や祖父母が子どもに伝えてきました。

 
昔話は、暮らしの中で大切にしてきた感覚や価値観を、無理なく次の世代へ渡すためのものだったのでしょう。
ウカリーの物語が今も語り継がれているのは、人を思いやり、感謝を忘れずに生きることの大切さが、時代が変わっても変わらず共感されてきたからだといえます。
 
 

まとめ|ウカリーに込められた願いと沖縄の昔話


沖縄の旧正月のお供え物は「元旦の朝」から始まる
沖縄の旧正月に敷かれる三色の色紙「ウカリー」には、金運・健康・清めといった願いだけでなく、人を思いやる心や、祈りを大切にする暮らしの感覚が込められてきました。
 
その背景にある昔話は、不思議な出来事を語るためのものではなく、善い行いは巡り巡って形となり、自分や家族の暮らしを支える、という価値観を伝える物語です。
 
ウカリーを敷くという何気ない習慣の中に、旧正月を丁寧に迎え、一年の始まりを迎えようとする人々の思いがあります。
だからこそ、この三色の色紙は、時代が変わっても形を変えずに受け継がれてきたのでしょう。
昔話を知ることで、旧正月の拝みや飾りは、暮らしと心を結び直す大切な節目として見えてきます。
 
 



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