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沖縄の旧盆、ウークイ当日の1日密着|比嘉家の体験談で見る「お見送り」の一日

沖縄の旧盆、ウークイ当日の1日密着|ご先祖様と過ごす“お別れ”の段取り
◇沖縄の旧盆3日目「ウークイ」は、ご先祖様をあの世へとお見送りする日です。
この日は、夕方頃から重箱料理の御馳走を供え、ご先祖様をお見送りする「ウークイ」の儀式を行います。
 

●本記事では、ある家庭のウークイ当日を朝から夜まで時系列でたどりながら、準備の流れや儀式の意味をご紹介します。
お子さまと一緒に読むことで、ウークイの儀式の意味などが分かります。

 
初めてウークイを迎える方や、ご実家の習わしを見直したい方にとっても、きっとヒントとなる内容です。
今回は沖縄県南部に住んでいる比嘉家(仮名)での実際の様子、暮らしの中で受け継がれる「お見送りの日」を、一緒に見ていきましょう。
 

※本記事は、公益財団法人「沖縄県メモリアル整備協会」が作成しています。地域の習わしを大切に、沖縄の暮らしに根ざした情報をお届けします。(2026年7月29日更新)

 



 
 

朝|お見送りの日が始まる


朝|静かに始まる“お見送りの日”
◇ウークイ当日の朝は、どこか空気が違います。
沖縄の旧盆(お盆)3日目、ご先祖様をあの世へとお送りする日。仏壇を中心に家族の気持ちがひとつに向かう、あわただしい一日が始まります。
 
 

日中はナカビと同じだけど…|重箱の準備も

◇朝早くから、キッチンでは炊飯器の音、重箱を取り出す物音、下ごしらえの野菜を刻む音が聞こえ始めます。
朝から重箱料理の準備をする家では、お家の人達が作り始める時間です。
 
母は煮物の味を見ながら、冷蔵庫の中身と相談しつつおかずを整え、父は線香やウチカビの残りを確認。
子どもたちは普段より少しだけおとなしく、おばあちゃんの近くに座って様子を見ています。
 
この朝の空気には、「そろそろだね」という無言の会話が流れています。
準備はまだ始まったばかりですが、家族の心はすでにウークイへと向かっています。
 

 
 

ウチャトゥ(お茶)とご膳の用意

◇午前中には、ご先祖様への食事である「ウチャトゥ(御茶湯)」の準備を行います。
長女が朝一番でウチャトゥ(湯飲みに注いだ白湯やお茶)を供え、朝の御挨拶をしました。
・ウチャトゥ(お茶)
・お酒を入れ替える
・お線香をあげて「おはようございます」

 

●暫く経ってから、お母さんが朝ごはんの御膳を供えます。
【お盆に…】
・ご飯
・汁物(豆腐とアーサの味噌汁)
・ウサチ(酢の物)
・お魚(家族が食べる朝ごはんのおかず)
※お箸

 
「どうぞ召し上がってください」と一汁三菜のような膳料理を供えて、また、忙しそうにキッチンに戻りました。
 

 
 

昼|親族が集まり始める頃


昼|親族が集まり始める頃
◇昼前になると、家の中は少しずつにぎやかさを帯びてきます。
仏前にはウチャトゥが整い、お昼はナカビ(中日・ナカヌヒー)と同じような、御膳料理を供えます。
比嘉家では家族のお昼ご飯を、同じように膳に整えて供えました。
 

●比嘉家のウークイのお昼ごはんの膳
・ひじきご飯
・スーミン汁
・ふかしたさつま芋
・キュウリの浅漬け
※お箸を添える

 
一方でキッチンではおかずや重箱の準備が進み、家族の会話も増えてくる時間帯です。
ラフテー(豚の三枚肉の煮つけ)など、おかずの一部は前日から準備をしているものもあります。
 
また、重箱につめるおかず(ウサンミ)のなかには、スーパーで揃えるものも増えました。
このように、親戚や分家の方が訪ねてくる前に、仏前の供え物や家族の食事も仕上げていきます。
 
 

家族の食事と供え物の準備

◇ご先祖様に供えるおかずは、別のお皿に豪華に盛り付けて、家族用のものと分けられます。
午前中に下ごしらえした煮物や炒め物が、次々とお皿に盛り付けられ、重箱に詰めるものと分けて整えられて行きました。
 

●この時点では、仏前に供える「ウサンミ(重箱料理)」はまだ仕上げません。
本番は夜ですが、昼のうちに食材を冷ましておくことで、盛り付けやすくなります。

 
比嘉家ではおばぁがご馳走(ウサンミ)や宴のおかずまで、全て準備しています。
今では集まった家族や親族へ振る舞う料理として、仕出し料理オードブルを準備する家もあるでしょう。
 
また、手が空いた人が果物を洗ったり、線香やロウソクの本数を再確認したりと、細かな準備が進みます。
長年、沖縄の旧暦行事を取り仕切ってきたおばぁは、スラスラと本数が出てきて頼りになる存在です。
 

【スタッフのマメ知識】
大きい21cmの重箱の場合、奇数品目の9品を準備するとして、大根やゴボウなどのおかずは7cmに切りそろえると詰めやすいです。
 
旧盆時期に沖縄のスーパーへ行くと、7cmに切り分けられた白身魚などが冷凍で販売されていたりもします。
 
紅白かまぼこ、カステラかまぼこはもちろん、販売されているおかずを活用するのも便利です。
 
豚の三枚肉の煮付けは、電気圧力鍋を使用すると、大幅な時短ができるでしょう。

 

 
 

分家から届く手土産や果物

◇昼を過ぎたころから、分家の親戚や親しい方々が手土産を持って訪ねてきます。
果物の盛り合わせやお菓子、ビールやジュースなどが紙袋や箱に入れられ、次々と玄関に届きます。
 

●手土産(お中元)は仏壇へ供える
「ご無沙汰しています」
「今年もウークイですね」──
あいさつを交わしながら、仏壇へご挨拶へ行きます。
手土産のお中元は、まず仏壇の前に供えられます。

 
もちろん、挨拶回りとなる前日のナカビ(中日・ナカヌヒー)に、すでに挨拶にいらっしゃった分家の親族もいます。
前日にいただいた手土産のお中元も、仏壇に供えられるため、仏壇前はお供え物で賑やかです。
 
お中元の上にウチカビを置く家・地域もあります。
郵送で届いたお中元は、受け取った家族が代理でお仏壇へ供え、「〇〇家からです」などとご先祖様へ伝えると良いでしょう。
 

 
 

夕方|道ジュネーへ、家族それぞれの持ち場


夕方|道ジュネーへ、家族それぞれの持ち場
◇夕方が近づくと、比嘉家では家族それぞれが自分の持ち場へと動き始めます。
小学校高学年のお姉ちゃんは、この地域の道ジュネーに出るため、お父さんと一緒に子ども会の集会所へ。お父さんは道ジュネーのサポート役です。
 

●この地域の道ジュネーは、夕方18時頃から始まり、19時頃に終わります。
比嘉家では、お姉ちゃんとお父さんが帰宅してから、家族全員が揃ったところで、仏前でのウークイの儀式(ウチカビを焚くなど)を始める流れです。

 
残った家族は、その間に重箱の最終仕上げやお線香・ロウソクの本数の再確認を済ませながら、二人の帰りを待ちます。
「せっかくの晴れ舞台だから、まずは行っておいで」と、おばぁも快く送り出しました。
 
 

夜|家族が揃い、いよいよウークイ本番へ


夕方|道ジュネーへ、家族それぞれの持ち場
◇道ジュネーを終えたお姉ちゃんとお父さんが帰宅すると、いよいよ家族全員でのウークイが始まります。
かつては、少しでもご先祖様が長く滞在できますようにと、夜遅い時間にウークイを行ったものだ。」とおばぁが教えてくれました。
「暗くなった門前の両脇に灯明をおくと、子ども達の影が人形劇のようで、おどけたりして楽しかった」
…などと思い出話も出てきます。
 

●しかし近年では、親族の帰宅時間、小さな子どもへの配慮から、夕方から夜のうちに行う家庭が増えています。

 
それでも、ウークイにみなでご先祖様へ感謝とともに伝える「また来年もお越しください」という言葉掛けは、変わらず今も受け継がれています。
 
 

仏前での拝みとウハチの儀式

◇家族が揃うと、いよいよウークイの拝みが始まります。
仏壇に左からおかず重・もち重・おかず重・もち重と、4重の重箱が広げて並べられました。
比嘉家では、重箱の上に複数のお箸と、3枚重ねのウチカビを2組、置きます。
 

●ウハチケースン(御初返し)を行います。
重箱から数品を取り出し、ひっくり返して重箱の上におく儀式です。

 
「ウハチ(御初)」とは、ご先祖様に感謝と敬意を込めて供える、最初のひと口を指します。
最初のひと口を、家族よりも先に供えることで、敬意を示すためです。
家や地域によっては、おかずを取り出して小皿に盛り付け、供えることもあります。
 
ウハチを供えたあとは、家族全員で手を合わせ、ご先祖様がこの3日間を無事に過ごされたことへの感謝を伝えます。
拝み言葉には
「この日まで健康に過ごせていること」
「無事にお見送りする日を迎えられたこと」

への願いも込められています。
 
 

ウチカビを焚く時間と家族でつなぐ役目

◇ウークイの拝みが済んだあとは、ウチカビ(あの世のお金)を焚きました。
ウチカビを焚く儀式は、あの世のお金を煙にして天へ届けることで、ご先祖様があの世で困らないためです。
 

●ウチカビを焚く
・おばぁが、ウチカビを5枚
・おばぁが焚いたウチカビの上から、供えていたお酒を掛ける
・お父さんが、ウチカビを3枚
・その後、家族全員でウチカビを3枚ずつ焚いていきます
・お中元(お供え物)に乗せられたウチカビを焚きます
※「〇〇家からです」と伝えながら焚きました

 
焚く際には、専用の金属ボウルや鍋などに網を敷き、その上で丁寧に火をつけます。
燃やす枚数は各家庭によって異なりますが、重ねすぎず、炎が大きくなりすぎないよう注意するのが基本です。
 

●比嘉家では、水を張った上にネギの輪切りを浮かべます。
「悪霊などを払うために、臭いの強いネギを浮かべるんだよ」
とおばぁが教えてくれました。

 
最近では、小さなお子さんのいる家庭や集合住宅での火の取り扱いを考慮し、ウチカビを少量にとどめる家庭も増えています。
友人の家では、「ウチカビは少量だから」と、本物のお札のような印刷が施されたウチカビを準備していました。
 

 
 

ウチカビを焚いた後、お供え物を手土産にする

◇続いて、仏前に供えていたおかずやお花を葉や銀紙などで包み、カビバーチにまとめて、お見送りの場へと持っていきます。
「これはご先祖様への手土産(ティーミジ)だよ。」とおばぁが言います。
 
「カビバーチ」とは、ウチカビを焚くために準備した金属ボウル(アルミボウル)などです。
ウチカビを焚いた後、お酒を掛けて、仏壇に供えていたお供え物や供え花、お線香を入れます。
これだけで門前へ持って行く家も多いですが、比嘉家ではその中身を大きな葉で包み、茎で結んでまとめてきました。
 

●ウチカビを焚いたあとの流れ(例)
・仏壇から供え物を下げる
・カビバーチ(ウチカビを焚いた金属ボウル)におかずや花を入れる
・仏壇の香炉に供えていたお線香を下ろし、カビバーチに入れる
(お線香を下げる際は、「ウサンデーサビラ」と伝える)
家族で門前へ移動し、最後のお見送りへ

 
この流れは、見送る家族が「ごちそうを一緒に持って帰ってね」と心を込めて手渡す、いわばお土産のような役割も果たしています。
 

 
 

夜更け|門前でのお見送りと片づけ


ウークイのやり方②|門前での拝みと見送り
◇続いて、門前での「ウークイ」、お見送りの儀式です。
門を開け放ち、家族・親族みんなで見送りの準備に移ります。
 

●門前に持って行くもの
・屋外専用のウコール(香炉)
ティーミジ(手土産)を入れたカビバーチ(金属ボウル)
・大きなロウソク2本

 
大きなロウソクを門の両脇に置き、ティーミジ(手土産)とウコール(香炉)を門の中央に置いて、おばぁを中心としてお見送りの儀式を行いました。
集まった家族はおばぁの後に付いて、手を合わせて「ウートゥートゥー」と心のなかで唱えながら、黙祷をしていました。
 
 

ヒラウコーとグイスを添えて

◇比嘉家では、小さな段ボールに入れた、野菜の切れ端も準備して、門よりも前に置きます。
門の内側では、ティーミジ(手土産)・ウコール(香炉)・ロウソク2本です。
 
「小さな段ボールに入れた野菜の切れ端は、ご先祖様に付いてきた無縁仏やチガリムン(魑魅魍魎)へ向けたものだよ」
とおばぁは教えてくれて、門よりも外側に置かれました。
 

●おばぁは、沖縄線香「ヒラウコー」を2枚、ウコール(香炉)に供えます。
【ジュウニフンウコー(十二本御香)】
・沖縄線香ヒラウコー…タヒラ(2枚)
・日本線香の場合…12本、もしくは4本(簡易版)

 
また、家の玄関にはナナフシウージ(節が7節ある長いウージ)が立てかけられています。
おばぁ曰く、「これはご先祖様があの世から家までの道のりで使う杖なんだよ」と言うことです。
 

 
 

また来年”の気持ちを込めて

◇拝みの最後に、おばぁがご先祖様へ伝えました。
ヤーシー、
マタ ハチグヮチ ヒヤミカチ ウティナライビーン

(また来年、8月にお迎えいたします)」
 
おばぁの背中について、ご先祖様を感謝の気持ちで見送ります。
子どもたちも大人たちに習って手を合わせ、見送りの時間を過ごします。
 

●儀式が終わった後は…
火を完全に消し、門前を清めて後、一気に旧盆の片付けを始めます。

 
これはおばぁ曰く「ご先祖様が楽しかった家に、後ろ髪を引かれないように」とのこと。
朝から準備で疲れているところですが、特に火の元には注意をして、一気に片付けを済ませました。
 
 

まとめ|道ジュネーとともに過ごした、比嘉家のウークイ


まとめ|形より、想いが伝わるウークイを
◇比嘉家のウークイは、道ジュネーからの帰りを待ってから始まる、少し遅めの一日でした。
お姉ちゃんが道ジュネーに参加し、お父さんがそのサポートをする間、家に残った家族は静かに二人の帰りを待ちながら、最後の準備を整えていました。
 
形式や時間の流れは家庭によってさまざまですが、家族みんなが揃ってからご先祖様をお見送りしたいという気持ちは、比嘉家に限らず多くの沖縄の家庭に共通するものではないでしょうか。
 
道ジュネーを見送り、家族が揃い、そして仏壇と門前でご先祖様に感謝を伝える――。それぞれの持ち場を大切にしながら過ごす一日こそ、沖縄のウークイらしい光景なのかもしれません。
 
 

【監修者:東恩納 寛寿(ひがしおんな ひろひさ)】
東恩納写真
公益財団法人 沖縄県メモリアル整備協会 終活支援部長

 

●経歴
19XX年、沖縄県名護市出身。
米国・南ユタ大学コミュニケーション学部卒業。
県内大手建設会社勤務を経て、2007年に公益財団法人 沖縄県メモリアル整備協会に入社。長年、お墓の企画提案や販売業務の第一線に従事し、中城メモリアルパーク所長を歴任。現在は終活支援部長として、沖縄の供養文化と現代のニーズを繋ぐ活動に注力している。

 

●資格・活動
・終活カウンセラー1級(沖縄県初取得者)
一般社団法人 全国空き家アドバイザー協議会 沖縄県名護支部 幹事

 

●実績
県内各自治体、社会福祉協議会、医療法人、老人ホーム等での出張セミナーや講演を累計500回以上実施。沖縄タイムス等のメディア寄稿を通じ、相続や空き家問題、墓じまいに関する啓発活動を行っている。

 
 



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